
『天使たぬき工場』


ある所にズル賢いたぬきが居た。
根は良いたぬきだったが、ちょっとしたすれ違いから群れを出ることになり、
はみ出し者3匹を連れて町で悪さをして生きていた。
盗んだ財布で悪ガキ達を買収したり、商品の入荷の段ボールに隠れて店に潜入して盗みを働く等、
賢い上に大胆不敵なたぬきであった。
他の3匹はこのたぬきを"おかしら"と呼び慕った。
しかし、本気を出した人間には捕まってしまうのがたぬきの限界だった。
たぬきらしからぬ犯行は悪目立ちし過ぎて、駆除業者の標的にされてしまったのだ。
捕まったお頭たぬきとその手下は、トラックの荷台に乗せられて郊外の施設へと運ばれた。

「…うーんし…ﾀﾇｯ!?ここはどこだし…？」

「お頭が目を覚ましたし…！」
「よかったしー！」
「し！」

気がつくと、たぬき達はとても広い部屋にいた。
天井と壁は白く、タイルカーペットが敷き詰められた床の上には人間の幼児向けやたぬき用の玩具が散らばっており、
さながら巨大な保育施設の様な場所だった。
部屋には多くのたぬき達が居り、皆不安そうにしていたが、背の低い柵で隔てられた隣の区画に居るたぬき達は少し様子が違った。

「たぬーち…たぬーち…」
「ままぁー…おなかすいたち…」
「ぅぁーち…」
「うどんたべたいち…」

皆、成獣にも拘らず、半開きの口からよだれを垂らしたり、自分の手をしゃぶったり、哺乳瓶を吸ったりしている。
目も眠たげで、起きているんだか寝ているんだか分からない、ぽやぽやしたたぬき達だった。

「うげぇし…なんだしこいつら…ちびごっこのアホたぬきだし…」

嫌悪の表情を見せる手下たぬきに、お頭たぬきが解説してやる。

「これは天使たぬきだし…要はわたしの逆でおバカに生まれた哀れなたぬき達だし…スラムにも居たし…」

「キモいしー！」
「し！」

天使に気を取られていた手下その1が我に帰る。

「そんなことよりお頭…たぬき達つかまっちゃったし。ころされちゃうし…？」

「慌てるなし…ここはきっと"更生施設"だし。最近は人間のルールもいろいろ変わって、すぐにたぬき達を殺したりしないし…。
　勉強させられて、心をまっすぐにしたら解放されるはずだし…」

「心をまっすぐ…？なんか怖いし…」

「なーに…反省したフリすればいいってことだし…！」

「なんだ…安心しー！やっぱりお頭についていけば間違いないしー！」
「し！」

捕まってからずっと不安で仕方がなかった手下達だったが、お頭の自信に満ちた態度にションボリも吹き飛んだ。
誰よりも頭が良くて物知りなお頭。お頭と居ればジタバタなんてしなくていい。
手下達は心からそう思った。

ブゥン…
突然音がして、壁に取り付けられたモニターに電源が入る。
広い部屋の壁にはいくつもモニターがあり、天使たぬき達がいる区画のモニターは、うどんダンスの映像を流し始めた。
天使達はそれを見てキャッキャとはしゃいでいる。
遅れて、お頭達4匹を含めた普通のたぬき達が居る区画のモニターにも映像が流れる。

『たぬき天使化手順』

タイトルが表示された後、3匹のたぬきが画面に映し出された。
人間からの簡単なインタビューに受け答えする3匹のたぬきは、理性的で、優しくて、少しションボリした、
至って普通のたぬき達であった。

「では施術を開始します」

男のアナウンスと共に、画面は椅子に拘束されて怯えるたぬきの映像に替わる。
たぬきのおでこに宛てがわれた細いノミ(鑿)の様な器具の後部を、男がハンマーでスコンッ！と叩くと、
ノミの先端がたぬきの頭に深々と突き刺さった。

「ｷﾞｭｯ!?」

「成獣なら50mm…もう少しですね」

解説と共にノミが叩かれ、たぬきの頭に更に深く入り込んでいく。

  コンコンコンコンッ！!
「ｷﾞｭｯｷﾞｭｯｷﾞｭｯｷﾞｭｯﾋﾟｯ!?ギｭ…ﾋﾟｭｰｰｰｰｰ!ﾋﾟｨｰｰｰｰｰｰｰ!?」

奇声を発しながら白目を剥き、たぬきはそのまま意識を失った。
画面が切り替わり、再び3匹のたぬきが並んでいる映像が流れる。

「これがレベル1」
「うぁー…おでこいたいち…」

「これがレベル2」
「ばぶーち！ばぶーち！」

「そしてこれがレベル3です」
「あぅーち…あぅーち…あぅあぅーち…」

それは、たぬきの頭を傷付けて無理矢理幼児退行させる手術の映像だった。
この"人造天使たぬき"達は、会話が成り立つレベル1、殆ど意思の疎通がとれないレベル3、その中間のレベル2、
の3種に大別されるらしかった。
画面を観ていたたぬき達は皆、唖然としてあまりのショックにジタバタすら出来ない。
唯一、お頭たぬきだけが状況を理解していた。

(これは…殺されるのと同じくらいマズいし…！)

「さて、これからあなた達に映像と同じことをします」

いつの間にかモニターの下に立っていた白衣の男がそう告げると、たぬき達は一斉にパニックを起こす。

「な…なんでだしぃぃぃぃぃ！？」
「頭刺されるのこわいしぃぃぃ！」
「天使になりたくないしぃぃぃ！」
「やだしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ！！」

男は「今日は3匹、天使にします」と言って、ジタバタしているたぬき達の中から適当に選んだ3匹を
大型ベビーカーに放り込み、どこかへ連れ去る。

「触るな…！やだし！だれか助けてしぃぃぃ！！」

攫われたたぬき達の悲鳴が遠ざかっていく。
幸い、お頭と手下達は選ばれなかった。



1時間ほど経ち、白衣の男がベビーカーを押して部屋に戻ってきた。

「今日は全員レベル3になってしまいました。皆さんもこんな感じになりますので、覚悟しておいて下さいね」

男はおでこに絆創膏を貼った3匹のたぬきを並べて、たぬき達に見せた。

「だうー！だうーち、だうーち！」
「んー…んまんまーち…」
「ちゅぱちゅぱち…」

人間には分からなくとも、たぬき同士ならちゃんと仲間の見分けがつく。
これは確かに先ほど連れて行かれた3匹だった。
たぬき達は恐れおののいて天使達から距離を取りブルブル震えていたが、1匹のたぬきが天使に駆け寄った。

「やだしぃぃぃ！天使にならないでし！置いてかないでしぃぃ！」

それは天使にされた1匹と同郷のたぬきだった。

「ぶぅ〜！ﾎﾟｺｰち…ちゅぱちゅぱち！」

しかし当の天使たぬきは手をしゃぶるのに忙しいらしく、自分を抱きしめて泣くかつての仲間に何の反応も示さない。

「たぬきの大事なおともだち返してしぃぃぃぃぃぃ！！」

男は、泣き叫ぶたぬきから天使を無理矢理引き離すと、他の2匹と共に隣の天使たぬき区画に移して部屋から出ていった。
ここは天使たぬき工場。ペットとして流行の兆しを見せる天使たぬきを無理矢理作り出す為の施設である。



残されたたぬき達は皆、沈痛な面持ちで互いをモチモチして慰め合うしかなかった。

「お…お頭…怖いし…モチモチしてし…」

抱きつこうとする手下その1をウザそうに振り払ったお頭は、柵の向こうの天使達を見つめて考え込んだ。

「さわるな…今逃げる方法を考え中だし…！」

お頭の思案は、部屋が消灯され他のたぬき達が寝静まった後も続いた。
翌日になり、手下達がたぬきフードを食べている時も、別のたぬき3匹が連れて行かれ天使にされてしまった時も、
お頭は策を練り続けた。
そして更に翌日の朝、お頭はようやく口を開いた。

「おまえら、今から脱出作戦の説明をするからよーく聞けし…！」

その言葉に手下達の顔がぱぁっと明るくなる。

「天使たぬき達の耳にはタグが付けられてるし。人間はアレで天使のレベルを区別してるし。
　そして、天使達はタグに付けられた番号の小さい順に何処かに売られるみたいだし。
　昨日、人間達が"明後日4匹出荷する"って言ってたのをこっそり聞いたし。
　わたし達は夜になったら柵を乗り越えて天使達の方に行って、出荷予定の天使からタグを奪い取って自分に付けるし。」

「つまり…天使のフリをして出荷されるって作戦し？」

「そうだし…。タグを奪い取った後の天使は、こっそり柵のこっち側に移動させてやれば完璧だし！」

「うぅ…夜中にそんな色々やってバレないしー？」

「大丈夫だし！何故なら…」

お頭が目配せした先には、ぺちゃっと座ったまま呆ける天使たぬきがいた。
自分達がいる"普通たぬきの区画"に何故か"タグの無い天使たぬき"がいるのだ。

「昨晩すでに1人、入れ替えておいたんだし！これがバレてないって事は大丈夫って事だし…ししし！」

なんとお頭たぬきは「お前に天使化されずに済む方法を教える」と言って買収した普通たぬきを柵の向こうに送り込み、
天使たぬき1匹とこっそり入れ替えていたのである。
潜入したこの普通たぬきは、今夜の作戦を柵の向こうから手伝う手筈となっている。
本番の下準備を兼ねた予行演習。手下達はお頭の賢さと手際の良さに舌を巻いた。

「や、やっぱりすごいし…お頭！」

「お頭は天才しー！」
「しー！」

「決行は今夜！それまで人間に捕まるんじゃねぇし！」

そう言ってニヤリと笑ったお頭たぬきだったが…。



「ぐぎゅ…！ｸﾞｷﾞｭｫｱ!ｸﾞｷﾞｬｳ!離せし…！」

なんと、その日の午後、手術するたぬきを選びにやってきた作業着の男が、迷わずお頭を捕まえたのである。

「な、なんでだし！今までは近くにいたたぬきを適当に選んでた癖に…！」

「お前が賢いたぬきだって事は最初から分かってたからな。
　ちょっと泳がせてたんだが、今夜面倒な事するつもりみたいだから捕まえさせて貰ったぜ」

「なんでバレたし…！監視カメラも無いのに…！」

「マイクだよ。餌置き場とたぬき用玩具の中に集音マイクを仕込んであるんだ」

「ｷﾞｭｩｩｩ!…そもそも何でわたしを泳がせてたし！？
　見せる必要の無い手術の映像をわざわざ見せたり、お前たちのやる事はなんか変だし！」

「おっと、そこに気づくとは、やはり天才…。この天使化手術はお前みたいな気性の荒いたぬき相手だと上手くいかないんだ。
　だから予め恐怖と絶望でたぬき達の心を折っておくんだ。手術映像を見せたのはその為。そしてお前は見せしめさ」

「ｷﾞｨｨｨ!はなせしぃぃぃぃ！！」

「お頭に酷いことしたらたぬきが許さないしぃぃ！」
「お頭を返せしー！」
「しー！」

暴れるお頭と共に、手下のたぬき達も男の脚をポコポコ叩いて反抗するが、効果は全く無い。

「いいかお前ら！こいつは脱走を企てたとても賢いたぬきだ！そいつが今からどうなるか、よーく見ておけよ！」

男はお頭を掲げてそう宣言すると、部屋を出て手術室に向かった。
そこには白衣を着た男が待ち受けており、お頭は抵抗むなしく椅子に縛り付けられてしまう。

「たぬきくん、これからあなたに天使化手術を行います。
　この施術には、潜在的に死亡あるいは自我の完全喪失事故が起こる危険性が伴います。よろしいですね？」

「良いわけないしｨｨｨｨｨ!」

「今のは同意を求めた訳ではありません。単なる説明です。では、施術開始」

白衣の男はお頭のおでこにノミを宛てがうと、思い切りハンマーを振るった。



1時間後、男達がお頭たぬきを連れて戻ってきた。

「お頭…！」
「お頭ー！」
「し…！」

手下達に向かってぺたぺたと歩み寄るお頭。
しかしその足元はおぼつかず、バランスを崩してしまう。

「お頭！」

転びそうになるお頭の身体を、手下達が三方向からひしっ、と支えた。
その時、お頭が手下達に小声でそっと耳打ちする。

「だいじょうぶだち…たぬきはしゅじゅちゅされちゃったけど、だっしゅつはあきらめてないち…まだ"おくのて"があるち…」

それを聞いた手下達は目頭がじーんと熱くなった。
やっぱり何があってもお頭はお頭なんだ。
例え人間に酷い事をされたって、お頭がバカになる訳がない。

「ついてくるち」

そう言って歩き出したお頭は、手下達を、幼児が乗って遊ぶ車輪付きジャンボジェット玩具まで案内した。

「これだち！みんなでのるち…！たぬーちジェットだち…！ぶーんち！ぶーんち！
　たぬーちジェットはうちゅうをとんで、たぬち星にいくち！ぶぅーんち！ぶぅーんち！」

ジャンボジェットの玩具に跨ってはしゃぐお頭の表情からは知性が感じられない。

「ぶーんち……ってなんでみんなのらないち！？にげたくないちぃぃぃ！？ﾀﾞﾆｭｩｩｩｩ!!」

顔を真っ赤にしてダヌー！癇癪を起こすお頭。
手下達は、お頭のこんな姿を一度だって見たことが無かった。

「レベル1ってとこだな」

「ええ、気性が荒いたぬきはやはりワガママな天使になってしまいますね」

「もう少し壊そう」

作業着の男がお頭をヒョイと持ち上げる。

「ぅあー！たしけてちー！！やだち！やだち！ぴぃぃぃぃぃ！！」

「「おがじらぁぁぁぁ！！！」」

涙ながらにすがりつく手下たぬき達を振り払って、男達は再び手術室へ向かった。



「あぶぅーち…あぅーち…きゅー…」

それから更なる処置を施されたお頭は、レベル3の天使たぬきになって帰ってきた。
おでこの絆創膏に血が滲んで痛々しかったが、本人は気にも留めず、おしゃぶりをちゅぱちゅぱしゃぶるのに夢中だ。

「お頭が…おバカになっちゃったじぃぃ！」
「ごんなのやだじー！」
「じぃぃ！」

手下達はお頭に抱きついてワンワン泣いた。
さわるな…と言って、今まで一度もモチモチさせてくれなかったお頭。
手下達は涙で濡れた自身のほっぺをお頭のほっぺにスリスリ擦り付けて、親愛のモチモチをした。

「きゅぁー！えへえへえへち…きゃっきゃっ…！」

お頭は屈託のない笑顔で手下からのモチモチを受け入れる。

「お頭…たぬき達は何があってもそばにいるし…ずび…」

「いや…残念だけど、お前たちも手術を受けたらお互いの事なんか分からなくなっちまうよ」

そう告げた作業着の男が、両手で手下その1とその2を無慈悲に掴み上げる。

「ゃだぁっ！いやぁぁぁだぁぁぁぁぁしぃぃぃぃ！！！」
「ｷｭｩｩｩﾝ!!願いだから助けてくだざいじぃーーー！！！」

手下達の大絶叫を聞いて、周りのたぬき達も完全に心が折れた様だった。
皆目を閉じ、耳を塞いで、恐怖から逃げようとたぬき玉になって震えていた。
しかし、この時の苦痛が大きければ大きいほど、心穏やかで大人しい天使たぬきに仕上がる。
天使化手術とはそういうものなのだ。



オワリ



・手下たぬきその1
真っ先に喋る。

・手下たぬきその2
語尾を伸ばして喋る。

・手下たぬきその3
「し！」や「しー！」しか喋らないが、実は無口なだけでとても賢い。
お頭や他の手下達も知っていたが、人間達だけがそれを理解していなかった。
後日、お頭が立てた作戦を1人で実行し天使工場から逃げ果せた。

・予行演習で入れ替えられたたぬき
普通に戻された。
